【お口に合いますかどうか】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉
飲食物がおいしいかどうかには、材料が新鮮とか上等などの客観的な基準もあるが、もうひとつ、口に合うかどうかがある。嗜好に合うかどうか。どんなに上等の食材であっても、その食材自体が嫌いなら、それは口に合わないということである。また、だしや味付けにどんなに趣向や贅をこらしても、それが好みでなければそれも口に合わないということになる。
つまり、その人にとって、おいしいかどうかのいちばんの基準は口に合うかどうかであるといえるだろう。
友人や親しい知人を家に招いて料理やお菓子を出したとき、現代では「これ、おいしいんですよ」とか、「これ、いま、とても人気になっているんですよ」と言って勧める人が増えてきた。本当にそう思い、それを食べてもらいたいと思ったとき、こういう言い方がけっして悪いわけではないだろう。
しかし、それを強調し過ぎるとおいしさや人気の押しつけになりかねず、相手に不快な感じを与えることになりかねないだろう。そこには、相手の嗜好や好みに対する配慮はまったくうかがえない。
こういう場合、「お口に合いますかどうか」 と一言添えると、そこに相手に対する思いやりがうかがえる。
「近頃評判のチーズケーキですが、お口に合いますかどうか……」と言って差し出すと、
まことに謙虚な振る舞いとなる。あるいは、
「お口に合うといいのですが……」という言い方もある。
来客に食事を出したときも、
「ありあわせですので、お口に合いますかどうか……」と言うと、謙虚さがうかがえる。
本当はありあわせではないのに、このように言う。材料も吟味し、調理も手を尽くしたのに、こういうふうに言うのはおかしいという考え方をする人が最近では増えてきたが、それが日本人の本来の言い回しというものである。
ちなみに、「お口に合いますかどうか……」
と言われ、料理を出されたとき、出された側は、「とてもおいしいです。私の好みに合わせてくださったかのように、味付けも私の口にぴったりです」と応じるのが、日本人的模範的受け答えといえるだろう。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。