【息災(そくさい)】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉
「四字熟語としての「無病息災」はこんにちでもよく知られているが、「無病」を取った「息災」を日常的に使う人は現在では少ないだろう。
「息災」は「病気をしないで、元気なこと。また、そのさま」で、また仏教で「仏の力で災難を防ぎ止めること」
「息」には、「やむ。続いていたことが終わりになる。続いてきたことを終わりにする」の意もあり、「息災」や「終息」の「息」はこの意味で用いられている。
かつては「息災」は話言葉としても使っていたが、現代ではさすがに使いにくいだろう。ただし、手紙や葉書では使える。
冒頭の季節の挨拶に続いて、相手の近況を伺う言葉として、
「ご無沙汰していますが、息災でしょうか」
あるいは、尊敬表現として、「息災であられますでしょうか」
息災の用法としては、「息災に暮らす」があり、手紙の冒頭で、
「息災にお暮らしのことと存じます」と使えるし、結びに、
「息災をお祈りいたします」と用いることができる。
他にも、「家族四人、息災に暮らしております」などという使い方もできる。
前述したが、「息災」はかつては話言葉としても使われており、水上勉の小説『鑛太郎』に次のような記述がある。
「息災でやっとるか」と鑛太郎叔父はならんで歩きだした。
このように使われていたとわかる。
「お変わりありませんか」と問われ、「おかげさまで息災です」と答える。
「お父様は息災でいらっしゃいますか」
こういう言い方もあいさつに使えるが、現代では気恥ずかしいかもしれない。まずは、手紙など書き言葉として使ってみるとよいのではないか。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。