【日本一の言い甲斐(がい)なし】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉
「言ひ甲斐なし」は、「言い甲斐ない」の古語で、『古語大辞典』には次の三つの解釈が挙げられている。
1、言うだけの価値がない。言ってもむだである。
2、取るに足りない。つまらない。
3、力がない。いくじがない。ふがいない。
「日本一」は説明するまでもないが、「日本で第一であること。また、そのもの。天下一」の意味。「言い甲斐」は、「言葉に出して言うだけの価値」のこと。
『国語慣用句大辞典』(白石大二編。東京堂出版)には、「日本一の言いがいなし」の項目が立っていて、「日本一の、せっかくなんとかいってやってもむだな者。日本一のいくじなし」とある。
その人のことを思って、いくら注意、忠告しても、聞く耳を持たない、馬耳東風と聞き流し、全然改まらない場合、現代では「あなたのように、いくらいっても無駄な人はいないね」と言うだろう。
言い甲斐という言葉を用いる場合には普通、「あなたのように、言い甲斐のない人はいない」と言うだろう。それを「あなたは日本一の言い甲斐なしだね」というと、とてもすっきりと極まるが、言われた側はどう受け止めるのか。
大げさな表現に愛情ややさしさが込められていると、笑って受け止めるだろうか。それとも、字義通りに解釈し、きつ過ぎると憤慨するか。
てずれにせよ、昔の人は諧謔を弄するのが好きで、巧みにこういう慣用句をことらえたのだろう。
それにしても、「日本一」とは大きく出たものであるが、先の慣用句辞典には「日本一のあほう」が収載されているし、「日本一の大馬鹿(者)」という言葉も昔から使われてきた。かつては、深く考えもせず、この言葉を用いていたと思われる。
ところで、「日本一」自体は形容動詞として現代も多用されている。
自分の現在の幸福に感謝する気持ちを表すとき、「日本一の幸せ者」という言葉が年代に関係なく使われる。
テレビの視聴者参加型トーク番組『新婚さんいらっしゃい』には、日本一の夫や妻がよく登場する。「彼のような日本一素敵な男性と結婚できて、私は日本一の幸せ者です」などと言う。それを聞いて、「日本一だって?!根拠あるの?」などとツッコミを入れたら野暮というもの。この言葉は幸せの最大限の表現なのだから。
「日本一」の類語に「世界一」や「三国一」があるが、形容動詞としての「世界一」は
「日本一」に比べるとはるかに使用頻度は低い。「三国一」となると、とうの昔に死語廃語となっている。ちなみに、この場合の三国は中国とインド、日本を指している。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。