東 雑記帳 - 鯖の尻尾の側が好きとは、安いのお!
5歳か6歳頃の思い出。じいさんと二人、昼ご飯の卓袱台に向かい合って座っていた。祖母も母も姉も一緒に住まいしていたが、なぜか、じいさんと二人だけだった。
ごはんは茶がゆで、おかずは鯖の塩焼きだった。鯖は半身が、頭の側と尻尾の側に切ったのが別々の皿にのっている。
「ぼく、どっちがええ?」と、じいさんが聞いてきた。ぼくに、好きなほうを選ばせるのである。
「ぼくはこっち! 三角のほうがええ」と、尻尾の側の切り身がのった皿を取った。
すると、じいさんは微笑みながら頭の側の切り身の皿を手にし、こう言ったのだった。
「尻尾のほうがええんか。ぼくは安いのお」
魚は頭の側、はらわたのあるほうが美味しいに決まっている。しかし、五、六歳の自分は三角の形が好きで、どっちがおいしいなど頭になかった、あるとすれば、はらわたに近いところは幼い自分の口に合わないし、三角より食べにくいからかもしれなかった。
じいさんが、「安いなあ」と言ったのは、頭の側に比べると三角の部分はおいしさの価値が低かったからだと、今ではわかる。
このことを後年、家の者に話したところ、
「おじいさんは、自分が頭の側を食べられるから喜んだだけでしょ」
なるほど、じいさんは、しめしめと喜んだに違いない。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。