【とりあえずビール】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉
この言葉はかつて全国的に使われたが、始まりはいつ頃だったのだろうか。昭和の高度成長期、三十年代後半から四十年代前半にかけてだっただろうか。
経済の高度成長期にあって、日本人にとってビールは日本酒と並び日常的に飲めるポピュラーなアルコール飲料になった。居酒屋で手始めに何を飲むかというと、ビールが一般的となった。まず一杯目は日本酒よりも優勢だった。
しかも、当時はまだ皆が同じものを飲む時代だった。
「何にする」
「やっぱり、夏はビールだね」
「そうだね、ビールにしよう」
そこで、
「とりあえずビール」と注文するのだった。
皆で乾杯するのはビールがふさわしかった。「とりあえず日本酒」とか「とりあえず水割り」などと言うのは聞いたことがなかった。
「とりあえずビールの『とりあえず』って、なんだろうか。『精選版日本国語大辞典』(小学館)をあたると、次の二つの意味が挙げられている。
1 他に何する暇もなく。たちどころに。すぐに。
2 他の事はさしおいて。そのことをまず第一にするさま。まずさしあたって。間に合わせとして。
以上の説明から、「とりあえずビール」の「とりあえず」には、1と2の意味が複合的に含まれていると解釈できる。
さらに解剖してみると、誰かとともに飲むとき、習慣としてまず乾杯をしてからお酒に口をつける。注文した酒がなかなか出てこず、乾杯までに時間がかかっては、まだるっこいし、間が持たないこともある。清酒の熱燗では時間がかかることがあるが、ビールは注文すれば、他の種類の酒よりも早く出てくる。
ビールが出てきたら、互いについだりつがれたりして、「かんぱーい」という段取り。生ビールのジョッキの場合も同じである。
そして、ビールが空になると、
「次、何にしますか、もう少しビール、いきますか、それとも、ウイスキーの水割りにしますか」となる。もちろん、日本酒にうつることもあった。
「とりあえずビール」の背景にはまた、皆が同じものを注文するという横並び意識が背景に横たわっている。昭和のこの時代はまだ、現在に比べ、飲食の席では個の意識は抑えられていた。
今は個が重視される時代で、乾杯の酒もめいめいが飲みたいものを頼むようになっている。
したがって、乾杯も、生ビールのジョッキ、ホッピー、焼酎ハイボール、日本酒の盃、ウーロン茶と入り乱れ、なんともしまらないものになっている。
なお、付け加えると、トリスバーなどの洋酒を提供するバーのカウンターでは、「とりあえずビール」の外で、皆でビールを飲むことはあったが、ウイスキーの水割りやジンライム、カクテルなど、銘々が好きなものを頼むのが普通であった。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。