【早うお帰り】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉
池波正太郎さんの小説『藤枝梅安』の一場面。つる(仕掛け=人殺しを請け負う元締め)の音羽屋半右衛門が出かけようとするのを見送る女房が、こういう。
「早う、お帰り」
かつて、筆者が子供の頃のこと。出かけるときに「行ってくるよ」と言うと、母親が「気をつけて行くのよ」と応じ、さらにこう言ったものだった。
「早く帰ってくるんよ」
あるいは、
「早う帰ってきなさい」
瀬戸内海、山口県でのことである。
大阪、京都などの関西圏では「お早うお帰り」と言い、関西限定の言葉として紹介しているものの本もある。
出かけるほうの「行ってくる」は、「行く」ではなく、「行ってから、帰ってくる」という意味である。「出かけるけれど、ここに戻ってきます」と言っているのである。それに呼応する言葉が「早く帰っておいで」なのである。
行ってきます」と「早く帰っておいで」は対のあいさつ語である。
子供の頃はそんなことを考えるよしもなく、日常当たり前のやりとりとして、不思議ともなんとも思わなかった。
大人になって思い返し、母親の「早く帰ってくるんよ」という言葉にはなんともいえない温かみがあったと、ようやく認識するに至った。
この言葉には、「無事に帰ってくるんですよ」から、さらには「あなたの返ってくるところはここですよ」といった意味も含まれているとわかる。
とはいえ、この言葉を妻が夫に言う場合はとたんに言葉どおり、「遅くまで飲まないで、適当なところで切り上げて帰ってくるのよ」という意味のこともあり、命令言葉であることもある。しかし同時に、同時に無事を案ずる気持ちも含まれている場合もあるだろう。
最近では、この言葉をいわれると、「これから出かけようとしているのに、『早く帰ってこい』とはなんだ」と、いぶかしく思ったり腹を立てたりして文句を言う場合もあるようだが、それは幼い頃からこのやりとりがルーティーンではなかったからではないだろうか。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。