【甘露、甘露(かんろ、かんろ)】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉
甘露は、『新潮現代国語辞典』(新潮社)には次のように説明されている。
1、〈中国・インドの伝説から〉天が与える甘美な霊薬。醍醐味。
2、非常に美味なもの。
3、煎茶の上質なもの
甘露水、甘露煮の見出しも立っている。
『大辞泉』(三省堂)には、「『甘露酒』」『甘露水』の略」という説明もある。
名詞・形容動詞として、「非常においしいこと。甘くて美味なこと。また、そのさま。『ああ、かんろ、かんろ』」とある。
私事であるが、胃がんだろうといわれていた八六歳の祖父が、半年ぐらい前から食べたものが喉を通りにくくなっていた。それが一週間ほど前から食べると吐くようになっていた。時々医者に連れていったが、これといった治療を施すわけでもなく、「いよいよ重篤な状態になったら連れてきなさい」。
家で様子を見ていたが、当時母は重大な病気で入院しており、父は付き添いで病室に寝泊まりしていた。
その日、それでも祖父は少しだが、朝ご飯も昼ごはんも食べた。その後、夕食はとらなかったから、よほど調子が悪くなっていたのだろう。八時頃に吐きそうだというのでトイレに連れて行った。嘔吐した吐瀉物は赤黒かった。胃から出血していたのか、貧血気味のようだったが、吐いてすっきりしたのか、一人で歩いて居間に来た。一人用のソファに座ると、
「水を一杯くれんかのお」と水を欲しがったので、すぐにコップの水を渡すと、一気に飲み干して、こう言った。
「かんろ、かんろ」
それは無意識のうちに自然に口をついて出たようであった。
祖父とは小学二年頃までいっしょに暮らしていたが、この言葉を聞いたの初めてだった。もちろん、それまで他の人からも聞いたことはなかったし、今に至るもそれは同じである。
この逸話を数年前に知人に話したところ、
「網走番外地で、脱獄してからようやく水にありついた嵐寬寿郎が一気に飲んだあと『甘露甘露』と言う場面がありましたよね」と教えてくれた。
『網走番外地』は高倉健主演の人気シリーズのヤクザ映画で、戦前からの大スター、アラカンの呼び名で親しまれた嵐寬寿郎は何作も出演していた。若い頃に映画館で何作も観ており、アラカンが出た場面で記憶しているものもあるが、残念なことにこの「かんろ、かんろ」は覚えていない。
祖父は「かんろ、かんろ」と二度繰り返したが、現代では形容動詞をこういう用い方をすることは少ないので、不思議に思ったことを覚えている。二度繰り返すから、座りがよく、きちっと極まるだろうか。
ちなみに、嵐寬寿郎は明治三五年生まれで、祖父は明治二四年生まれだったから、明治生まれの人たちはこの言葉がリアルに身についていたのだろうか。大正生まれの父母から聞いたことはなかった。
祖父の場合、干天の慈雨といった趣きがあった。アラカンの場合もそうだったと思われるが、喉がこれ以上はないというほどにからからから渇いたときに飲むときの水のうまさこそ、「かんろ、かんろ」がふさわしいのだろう。
今も甘露を製品名に使っている商品は、甘露醤油、甘露酒、カンロ飴、甘露水などいろいろある。
「甘露」を日本酒として使っている例をひとつ。
勝谷誠彦さんの『日本列島やりつくし紀行 イロマチ呑む!』(祥伝社)は、日本の色街を探訪し、色街の飲み屋で飲み尽くすというユニークな企画を実現した読み物であるが、表現は豊かで、内容も文も楽しめる。
勝谷氏は酒飲みで知られていて、色街のあやしい雰囲気に酔い、酒に酔い、そのさまがリアルに描かれている。「青森・第三新興街の巻」に次のような記述がある。
青森駅前市場の一角にある店で、同行の編集者とともに午前中から飲む。ホンマグロを刺身にビールを飲み、やがて日本酒へうつる。
品書きにはウニ丼だのホタテ丼だのがけっこうな値段で書いてあるが、私が追加で頼んだのはごはんだけなのであった。自家製の塩辛を一箸、ごはんの上に載せて頬張る。そのあとに地酒・鳩正宗の「八甲田おろし」。
米と、米からできた甘露が口の中で再会し、それを海からの幸がびしりと締めるのである。そういう作業を繰り返しながらほろほろと酔っていくうちに、五体を包むさきほどのモワッとした空気までもが、心地よく感じられていくのであった。
この後、二人は色街に出かけるのであった。
ここでは日本酒を「甘露」と表現しているが、甘露がふさわしい酒はやはり日本酒なのだろう。というより、日本酒しかないと思う。
ぬくぬくとした環境で生きていると、水を飲んで甘露と感じる機会は容易にはないだろう。とすると、日本酒で体験するほうが手っ取り早いかもしれない。
芳醇な清酒を口に含み、味わい、ゆっくりと飲み干す。そのとき、「かんろ、かんろ」という言葉をゆっくりつぶやいてみる。それをくり返していると、やがて自然に「かんろ、かんろ」と口をついて出るようになるかもしれない。
日本酒同好の士と酌み交わすとき、「甘露ですねえ」と、さりげなく言う。相方も「甘露ですねえ」と返せば、しばし言葉はいらないだろう。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。