東 雑記帳 - ビワの木を切ったら、ハクション大魔王が消えた!
以前住んでいた家の近くに、ハクション大魔王と呼ばれる中年の女性がいた。
なにがすごいかといって、「ハクション、ハクション、ハクショーン」と、それは大きなくしゃみをするのである。三度立て続けの五、五、七拍子でリズムもおさまりも良い。大音声は向こう三軒両隣に届く。
そこで、ハクション大魔王と命名したのであった。
この大魔王、冬は手編みの毛糸の丈の長いちゃんちゃんこのようなものを着込み、着ぶくれていた。冷え性らしかった。
といって、くしゃみは寒い冬だけではない。立て続け三度の大音声のくしゃみは、年中行事だった。「あのくしゃみは、ビワの木のせいだよ。ビワを切ったら、クシャミはしなくなる。ビワは水を引くからね」と、したり顔で家の者に説明したりした。
ずいぶん昔、生薬学が専門の薬学博士・村上光太郎先生にたずねたところ、この言い伝えは本当だと言っていた。
ハクション大魔王の家は、建物との間隔が一メートルもないところに一本、枇杷の木が植えられていた。びわに生り年があるのかどうか知らないが、七月か八月になると実がなっていた。鈴なりになることもあり、近所にお裾分けすることもあった。わが家ももらったことがあった。
しかし、ある年、実っても実をもがず、ほったらかしにしていたところ、カラスが五匹も六匹も飛んできて、実をつっつき、その家の周りは食べくさしのビワだらけとなった。
それから少したって、突如、ビワの木は切られた。すると、いつの間にか、大音声のくしゃみは聞かれなくなった。
庭にビワやイチジクの木を植えると病人が出る──と古来言い伝えられてきたのはやはり本当だったのだろう。
ビワやイチジクの木は、湿地を好む。水をいっぱい引っ張るので、土壌に水が増える。水は湿なので、そこに住む人は湿の病になる。湿毒(水毒)にやられる。湿は冷えや頭痛、めまいを引き起こし、関節リウマチや関節炎の症状を悪化させる、と東洋医学では考える。
くしゃみをしなくなったことは本人には喜ばしいことだろうが、実は名物大音声が聞けなくなって残念がっている者もいたのだった。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。