東 雑記帳 - 波枕は潮の音と風が呼応する
波枕という、風雅な言葉がある。
意味は、「《波を枕にする意から》船中で旅寝をすること。船路の旅」。波枕にはもう一つ別の意味があって、「枕もとに波の音が聞こえてくること」。
二つのうち、船中の旅寝は経験したことはないが、後者は経験したことがある。
十年以上前になるが、故郷の生家が老朽化し、解体するために帰郷した折、幼なじみの家に泊めてもらったときのこと。
生まれ故郷の周防大島ではどこも、入り江の海に近いところに集落がある。浜がいちばんの集落で、国道をはさんでそれより上は田圃が多く、さらに上は山になる。
浜の集落の中でいちばん海際は、満潮時には、家の手前二十メートルぐらいまで波がくる。(この距離は記憶にある距離で、はなはだ曖昧である。
自分が生まれた家は、海際から五軒目ぐらいだった。家をほどくために帰郷したとき泊めてくれた幼なじみの家は、いちばん海際にあった。
年をとってからは、津波のことを考えると、海際は恐ろしいのではないかと思うようになったが、住んでいる人たちはそんなことはまったく思いもしないのだろう。
周防大島は古くから瀬戸内海の交通の要衝であり、万葉集にも歌われていると、何かの本で読んだか、誰かから聞いたことがある。歴史の古い島で、長い歴史の中でも大波や津波による災害が起きたことは聞いたことがない。
浜は、昭和三十何年かに防波堤ができて、砂浜は消滅した。幼なじみの家に泊めてもらった頃には、さらに広い海浜公園になっていた。
その家に泊めてもらって、中二階の部屋で二人で枕を並べたのは、九月の下旬だった。
まだ、気温が高く、少し暑い。海とは反対側の窓を開けっぱなしにして床についていると、ザブーンと潮の音がして、一呼吸か半呼吸かの間をおき、風がすーっと入ってくる。
この潮(波)の音と自然の風がえも言わず心地良い。波と風が呼応している。
これが波枕というものだったのか。
そのことに気づいたのは、この体験から何年もたってからだった。
幼なじみは、今も夏の暑い夜は波枕なのかと思うと、うらやましい。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。