東 雑記帳 - 深夜の救急救命室。「ステるかも知れない!?」

東 雑記帳 - 深夜の救急救命室。「ステるかも知れない!?」

十年前の一月半ば過ぎ。呼吸が苦しくなって救急車を呼んだ。パソコンで原稿を書いていても、呼吸が急に苦しくなってきて、座っていられないので、立ち上がって動いてみたが、苦しさは変わらない。居ても立ってもいられない、身の置き所がないのである。
救急車は配慮が行き届いていて、住まいの近くになるとサイレンの音を消す。無事、救急車に乗せられ、市内でいちばん大きい総合病院へ運び込まれた。
救急車の中で救急救命士の人が検査をして、「AFですね」と言ったらしい。これは後から家族に聞いたもので、そのときは苦しさのあまり意識もボーッとしており、耳に入ったかどうか、記憶にない。

約一か月前の一二月半ばに続いての救急搬送であった。このときは都内のホテルの喫煙室でタバコを吸って意識を失って倒れ、都内の大学病院に救急搬送された。脳の検査を行い、脳の血管に出血や梗塞などの異常は無いとのことで、夜半に帰された。
倒れた根本の原因は心臓にあったが、緊急搬送されて検査をしたとき、心拍数は落ち着いていたのだろう。
実は、十一月の終わり頃から、就寝時に橫になると呼吸が苦しく、眠れないことがたびたびあった。近所の内科で二度、診てもらったが、酸素飽和濃度は最低限足りており、とくに検査もしないまま帰されていた。

がらんとしている救急治療室。すぐに点滴が始まった。拍動数を伝える音がジャンジャンジャンと響く。それ以外は、医師と看護師(どちらも男性)の動く音と会話が聞だけ。
呼吸の苦しさはすでに消えており、落ち着いたのだろうか、ジャンジャンジャンという音が消防車が出動するときの鐘の音のように聞こえた。(本当は、カンカンカンである)心臓が危ないと、急を告げている。
それからどれぐらい時間がたっただろうか。深夜二時頃だろうか、三時頃だろうか。医師が看護師の会話が耳に入ってきた。医師が、
「朝までにステるかもしれないね」

(えっ、なんだって、ステる!?)
「ステる」は医療現場の言葉であり、死亡するという意味。もとはドイツ語だろうが、かつて医師はこの言葉をよく使っていたように記憶している。
それはともかく、(朝までもたない。急死するかもしれない)と言っているのだろうと思い、(これは、えらいことになったなあ)と少し焦ったが、どうしようもない。
「とにかく、気を強くして意識を保っていれば、この緊急事態をしのげる」と、自分自身に言い聞かせたのだった。
こうして、ステることなく、一七日間入院して退院した。AFは、心房細動の略称であった。
退院時の診断書には、「心疾患、心房細動」と書かれていたが、家の者の者に聞くと、「心臓弁膜症もあるって、お医者さんは言っていたよ」
そんな話は入院中、主治医から一度も聞かなかった。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。