東 雑記帳 - 男の喫煙が普通だった時代
昭和40年代はまだ男は喫煙するのが普通だった。十代、高校生の頃にはタバコに手を出し、親に隠れて吸っていた。中には、親公認なのだろう、自分の家で堂々と喫煙する同級生もいた。
高校を卒業する頃には、飲み屋に行くことを覚える。接客の女性がいるバーやキャバレーにも足を踏み入れたりする。そこではタバコが付きもので、席につくとまず、タバコを口にくわえる。
タバコはミュニケーションのツールであった。
この時代、男のタバコはハイライトが主流となり、水商売の女性の定番はショートホープであった。ショートと言うとおり、ハイライトより長さが短く、ピースや富士よりも軽かった。普通の長さのホープも、あることはあったが、ショートこそ女性にふさわしい。そして必ず一度に二箱購入する。
客は席に着くとまず、タバコをくわえる。すると、接客の女性がマッチをすって、タイミングよく、タバコの先端に火を近づける。ところが、慣れていない女性は、炎が鎮まらないうちに近づけるから、こちらの目を直撃することになる。それではたまらないので、顔を引きながら、タバコの先端を炎に近づけて吸ったりする。着ける側が不格好なら、着けてもらうほうも不格好になりかねない。
一、 二度行くと、店の女性は客の好みの銘柄を覚えていて、その銘柄のタバコを同時に一、二本口にくわえて火を付け、一本を客の口にくわえさせ、もう一本を自分がくわえる。黙ってそういうことをするが、相手を惹きつけるテクニックの一つなのだろう。実際、そうされるとたいていの男が気分よくなるし、中にはいっぺんにその女性が好きになり、通い詰めるおめでたいカモの男もいた。
また、男がくわえているタバコを何も言わずに勝手に取って、一口吸ってから、男の口にもどす。すまして、そういうことをする女性もいたが、これも相手に親近感を抱かせるテクニックだったのだろう。
昭和四十年前半はまだ使い捨てライターは開発されておらず、マッチが普通だった。もちろん、ライターはあり、水商売の女性は輸入の高級品を所有しているのはめずらしくなかっただろうが、客に対して使うことはあまりなかった。
中には、女性の気を引くためだろうが、タバコの煙をわざと女性の頭に吹きかける男もいた。女性は、「やめてよ、においが付くから洗わなきゃいけないじゃない」といやがるが、男のほうはへらへら笑って平気の平左。
また、すったマッチの火が飛び散ることはめずらしくなく、その火が女性のストッキングに穴を開けることがある。女性は、「あーぁ」とため息をつくが、男は別に悪びれてもない。まったく互いに鷹揚だった。そんな時代が、年をとった今、妙に懐かしい。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。