東 雑記帳 - 大関経験者、だって!?
大相撲令和四年三月場所、大阪で観客を入れて行われるのは三年ぶりということもあって活況を呈した。賜杯争いは千秋楽に関脇の若隆景と元大関で前頭七枚目高安の決定戦にもつれ込み、若隆景が逆転勝ちをして初の栄誉に輝いた。高安は、またもあと一歩で優勝を逃した。
高安は平成二十九年五月場所後に大関に昇進し、令和元年十一月場所後に陥落。その後は関脇、小結と平幕を行き来しているが、実力者としての評価は変わっていない。
その高安のことを、NHK相撲放送のアナウンサーが「なんといっても大関経験者ですからねえ」などと、「大関経験者」という言葉を何度も口にするのを聞いて、えっ、どういうことなのだろうと、怪訝に思った。
昔は、そんな言葉は使わなかった。いつから、そういう言い方をするようになったのだろうか。そういえば、近年のことだがいつ頃からか、アナウンサーが「小結経験者」だとか「幕内経験者」などというのを思い出した。
今場所、高安が久しぶりに本領を発揮し、優勝争いの先頭を走ったからだろうが、アナウンサーが高安のことを「大関経験者」とくり返し言う。それを聞いて、「大関は経験するものなのか」との疑問がにわかにわいてきたのだった。
経験者という言葉は地位に対して言うのか。
辞書にあたってみたら、「ある物事を経験したことのある人。また、ある分野について多くの経験を積んでいる人。『学識経験者』」とある。
大関は物事なのか、分野なのか。
地位という言葉から考察するとどうなのか。言葉の連結を辞書で調べたが、「地位を経験する」という表現は見当たらない。
こういう言い方はすでに定着しているのではないかと思い、ネットで調べたら、横綱経験者、大関経験者などがやはり使われている。ウィキペディアにも、「現役大関・横綱・大関経験者」という見出しがあり、その表には現役の大関、横綱に加え、大関から陥落した現役力士として大関経験者の名前が載っている。
インターネットのスポーツ新聞電子版の記事にも、「元横綱大鵬の孫で元関脇貴闘力の三男、東前頭の王鵬が、大関経験者の西前頭十五枚目栃ノ心に完勝した」という一文が見つかった。
大鵬、貴闘力はそれぞれ元横綱、元関脇と表記しているから、現役力士に限って、「大関経験者」「関脇経験者」などという表現を用いるようである。
相撲放送のアナウンサーは、この言葉をたびたび使うが、それに呼応するように解説者の元横綱北の富士さんも「大関経験者」と言うのを聞いたが、今ではこの言い方が普通になっているのだろう。
「えっ、北の富士さんもこういう言い方をするのか。大関経験者だって!?」と、ぶつぶつ独り言を言っていたら、家の者に「元大関でも大関経験者でも、そんなことどっちでもいいよ」と、うるさがられた。
それにつけても、たとえば会社で、執行役員から部長に降格させられた人のことを、「Aさんは執行役員経験者です」などというのだろうか。言うのかもね。
考えるに、この言葉には、元大関に対する敬意と配慮の念が働いているのだろうか。
個人的には使いたくないし使わないが、いったんこのように使われ始めると、もう止めることはできないだろう。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。