東 雑記帳 - おお、おれかい? ほら、電気屋だよ、電気屋!

東 雑記帳 - おお、おれかい? ほら、電気屋だよ、電気屋!

朝九時半、JR新宿駅南口の改札を出て、京王新線に乗り換えるために急いでいた。京王新線のホームは地下四階にある。下りのエスカレーターに乗ろうとして、ステップの手前2、3メートルのところまで来た時、上りのエスカレーターを上ってきた男の顔が目に入った。すると、その瞬間を見逃さないかのように、男が話しかけてきた。
「おう、どこまでいくんだ?」

知っている人に話しかける目をしている。いったいどういうことなのかと訝ったが、無意識のうちに声が出ていた。
「初台ですが……」
すると、男は、探るような、それでいて人なつっこさもあるが、油断ならない目をして、
「ちょっとお茶を飲んでいかないか!」
喫茶店に行こうと誘っている。
「いえ、急いでいるので」と断ると、
「時間あるだろう」と、再び押してきた。そこで、
「ぼくは吉田ですが、どなたさまですかねえ」と、テキトーに自分の名を名乗って相手の名前をたずねたところ、
「おれかい? ほら、電気屋だよ、電気屋!」軽く笑みを浮かべている。

電気屋だという、ただ電気屋だといわれてもどこの電気屋かわからないし、もとより電気屋に知り合いはないので、返事をしないでいると、その男はもう一度、
「ちょっとくらい時間があるだろう」と食い下がってきた。(こいつ、何をたくらんでいるのだろう)と、興味を持ったが、
「いや、ほんとうに時間がないんです」と断ると、
「そうか、じゃあまた」と、ようやく諦めたようで、さっさと南口改札方面へ歩いていった。

その男は、かつて、知り合いの会社経営者に食いついて甘い汁を吸っていた男に非常によく似ていた。目つきが卑しく、こちらを値踏みする。何を考えているのだろう、この男もろくなものじゃないはずだと、それを確かめたい衝動にかられた。アホの振りをして、相手の言うことを「ふん、ふん」
と聞いて、何を仕掛けてくるか知りたかったが、その日その時は時間がなく、返す返すも残念だった。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。