東 雑記帳 - 下肢を上行する血液、上腕を下行するニコチン

東 雑記帳 - 下肢を上行する血液、上腕を下行するニコチン

朝起きて部屋の中を歩くと、ふくらはぎを静脈血が上行する。なんて、気持ちがいいのだろう。ふくらはぎが軽い。
コーヒーを飲んでから散歩に出かけ、歩いていると同じように心臓に戻る静脈血がふくらはぎを上に流れるのが実感でき、心地がよい。ふくらはぎは軽く、脚はよく上がる。気分も上向いてくる。

この感覚は自分にとって体調の良さのバロメーターのひとつである。前の晩に遅い時間にビールを飲んだりすることがあるが、そういうときは翌朝、この感覚は薄く、ふくらはぎが軽い感覚もない。

何十年も前、一時期太っていた頃は、慢性的にふくらはぎは重かったように思う。ふくらはぎを静脈血が上行する快感など無かったのか、意識もしなかった。
ふくらはぎを静脈血が流れるのをリアルに感じるようになったのは、心臓を壊してから後のことである。

もうひとつ、血液が流れるのを如実に感じるのは、タバコを吸って上腕の血管が収縮するときである。
タバコをやめようと思い、なるべく吸わないようにしていた頃のこと。半日吸わないでいたのが吸うと、瞬時に二の腕の血管が収縮する。ああ、ニコチンが流れているなあと感じる。そして、間髪おかず、脳がくらくらしてくる。この自虐的な快感がたまらない。そのころは、心臓はすでに悪かったはずだが、肺にまだ水はたまっていなかった。

それが心臓を壊し、手術した後は、喫煙をすると心臓の快感が加わった。ほぼ禁煙できていたのだが、酒を飲んで酔うと、たまに吸いたくなった。
一服すると、上腕が収縮し、ほぼ同時に心臓がへたってくる。ああ、弱ってきた、と感じられる。頭もくらくらするが、いちばん強烈なのは心臓がくたばっていく感覚であった。それは自虐的快感の極みに思われた。ただし、その後は心臓の拍動が高まり、これは不快で不安を引き起こした。
心臓がへたつて、弱まる感覚は忘れがたかったが、もう少し生きていていたいので、間もなくどうにか完全にタバコを断つことができた。

その体験から、心臓が徐々に弱って完全に心不全状態になり死んでいくのはとても気持ちがよいのだろう、と思う。理想的な死に方かもしれない。それも良いかもしれないが、ただし、肺に水がたまらない場合の話で、そうそううまくいくとは限らないだろう。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。