東 雑記帳 - 貝汁食べて、首がかゆうて、かゆうて、たまらん
四、五歳の頃、六月になるとある日の午前中、近隣住民がいっせいに貝掘りに行ったものだった。きれいな砂浜で、アサリを掘る。“やさら”という小型の巻き貝もとれた。数㎜しかない、子供のエビやタコもいて、その小ささを喜んだ。ちなみに、潮干狩りなとどいう、気の利いた言葉は聞いたこともなかった。貝を掘ってとるから、貝掘りなのである。
アサリをしこたまとって、その日の昼は貝汁だった。吸い物椀にアサリが一杯の汁。今思うとさほど大ぶりではないが、とてもおいしかった。なにしろ、正真正銘の天然物で、当時はまだ稚貝を蒔いてはいなかった。貝掘りの解禁日は決まっていたようで、それはおそらく漁協が決めていたのだろう。
家族で食べるのだが、四、五歳の自分は成長が遅かったのか、とろかったせいか、当時はまだ汁物がうまく吸えなかったのだろう。汁が口の端から漏れ、あごを伝って首から胸にまでたれる。首についた汁が、かゆうて、かゆうて、たまらん。首をかきながら食べる。
それを見て、祖母が手ぬぐいかなんかで首を拭ってくれたのを覚えている。
それにしても、どうしてあんなにもかゆかったのか。汁は塩味だったから、塩のせいに違いないと思ったが、それにしてもあのかゆさは度を超していた。その二、三年後にも島を離れてからは、そんな経験をした覚えはない。
それから何十年もたってからのこと。あるときふと、あのかゆさは海水を使って煮ていたからだと思うに至った。そしてそれから何年かのちに故郷に帰ったとき、親戚の人たちと酒を飲んでいて、貝汁のことを思い出して聞いてみたところ、
「そうよ、あの頃はみな、海の水で貝汁を炊いとったからなあ」
今は、海の汁で煮た貝汁など食べられるはずもない。それどころか、熊本産のアサリの産地偽装が発覚して以降、しばらくは中国産と表示したアサリが売られていたが、今はそれすら姿がない。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。