東 雑記帳 - 蚊帳の匂いは麻のドンゴロス袋の匂い
周防大島に住んでいた頃、夏は蚊帳で寝ていた。一つの蚊帳に三人ぐらい入っていたのだろうか。夕食後、一、二時間たつと、じいさんが蚊帳を吊したものだった。
蚊帳の中は、不思議と気持ちが落ち着くと、子供心にもわかっていたように思う。なぜ、落ち着くのだろうか。一つは、閉ざされた空間だからだろう。
もう一つ、大人になって気づいたのは、蚊帳の匂いである。蚊帳は麻でできているが、肥料を入れる麻のドンゴロスの匂いに似ていた。
もちろん、粗い麻のドンゴロス袋には、窒素なのかリン酸なのかカリなのか、肥料が入っているので、麻の匂いと肥料の匂いが混じっているのだが……。
風呂から上がって、寝巻きに着替えると、まだ眠くないのに蚊帳に入る。眠くないので、おもちゃの自動車を蚊帳の中に持ち込んで遊んだりした。四、五歳の頃のことだ。
「ブッ、ブー」などと声に出して自動車を動かしていると、橫にいる祖父が、「ぼく、もう寝えや」と声をかけてきたりした。
祖父は団扇をあおいでいて、涼しい風がそよいできたが、祖父のじいさん臭もいっしょに漂ってきた。
蚊帳の匂いは、じいさんの匂いであった。
それに対し、母がいっしょのときは、風呂上がりにつけた天花粉の匂いが漂った。
ちなみに、子供の頃は、ドンゴロスではなく、ドングロスだと思い込んでいた。祖父がそう言っていたと記憶している。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。