【勘弁してください】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉
よしもと新喜劇のお決まりの一場面。
やくざ役の池野めだかが、屋台のおでん屋に嫌がらせをして、ゆすり、たかりをしようとする。
そこへ、看板役者の奥目の岡八郎が登場。めだかの狼藉を止めようとすると、めだかは殴りかかる。しかし、ちっこいおじさんのめだか、岡八郎さんに片手で頭を抑えられると、パンチもキックをくり出すも相手に届かず、空を切るばかり。挙げ句の果てにひっくり返る。それを見て岡八郎、
「何もしてへんがな。勝手にひっくり返りよった」
めだかはそれには反応せず、這いつくばり、
「勘弁してくだせえ、お代官さま、おら、不作の上に年貢を取り立てられ、飯もろくに食えねえだ」
袖で涙を拭いながら、「勘弁してくだせえ」と泣き言をくり返し、岡八郎の足にすがりつくと、岡八郎が、
「誰がお代官さまじゃ」
こんな感じでめだかさんの一人芝居(一人遊び)が繰り広げられる。
「勘弁してください」は、現代では時代劇で見られるお決まりのフレーズになった感がある。
「お願いですから、勘弁してください」
「いや、勘弁ならない」
「そうおっしゃらず、今度だけは勘弁してください」
「いや、今度という今度は勘弁ならねえ」
といった、勘弁のやりとりもお定まりのパターンである。
現代にこの言葉はあまり聞かれなくなった。「勘弁(かんべん)」を辞書にあたると、次のように説明されている。
──他人の過失や要求などを許してやること。堪忍。「今度だけは勘弁してやる」「保証人になる話は勘弁してもらった」
五十年ぐらい前はまだ、自然にこの言葉を使ったものである。
会社の先輩が酒を強要すると、
「ぼくはあまり飲めないんですから、勘弁してくださいよ」と断る。
学生のとき、クラブ活動の先輩の下宿で飲み会。夜十二時を過ぎているというのに、
「ウイスキーが足りなくなったな。お前ら、買ってこい」
「どこで買えるんですか」
「酒屋を叩き起こして、買ってこい」
後輩二人、酒屋を探しにいくが、道々、
「こんなこと勘弁してほしいよな。このまま、お前の下宿に帰ろうか。道に迷って帰れなかったと言えばいいよ」
「勘弁」という言葉は、相手の要求を封じる強い響きがあるので、何かを強要されたり強く要求されたりしたときにこの言葉を持ち出すと、すんなりそれをかわすことができる。
一回り年下の友人は、仕事で固定電話も使っているが、営業の電話がけっこうかかってくる。多少は耳を傾けたくなるような内容の電話もあるが、相手は電話を切る隙を与えない。こういう場合、強引に相手の言葉をさえぎり、
「すみません。今はちょっと勘弁してください」
こう言うと、この言葉が断りの切り札になるらしく、相手はすんなり応じるという。
現代の人間関係においても、「勘弁してください」は使える。
帰りがけに、整理する書類の束をドーンと持ってくる上司に立てしては、
「え、こんなにも、今からですか。勘弁してください」と、真面目な顔をしてきっぱり言い切ると、相手に強く響く。
あまり角の立たない言い方にしたいなら、「勘弁してくださいよー」と、語尾を伸ばし、お願いする感じを出せばよい。
「勘弁してやってくださいよ」と他人事のように言うこともできる。「え、今からですか。勘弁してやってくださいよ」あるいは、「今日だけは勘弁してもらえませんか」
この言い方は、言葉の響きが柔らかくなる。「勘弁してやってほしいよ」と、つぶやくこともできる。
ちなみに、「堪忍」という言葉も、今はまったく聞かれなかったが、昭和四十年代にはまだ若い人も使うことがあったようだ。友達の一人が好きな女の子に恋を告白し、迫ったところ、
「堪忍してください。わたし、まだ子供なんです」と言われたそうで、
「えらいショックだったよ」と、この上ない情けない顔をしていた。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。