東 雑記帳 - 祖母の形見だった肥後の守

東 雑記帳 - 祖母の形見だった肥後の守

小学四年の夏休み、故郷周防大島に帰ったとき、祖母に肥後守を買ってもらった。その肥後守を使って、竹とんぼをつくった。それが最初だったと思う。前の家が祖母のおばさんの家で、そこの家に六歳上のおにいさんがいた。そのお兄さんに、肥後守の用い方、竹の削り方等を教えてもらった。
できた竹とんぼは、うまく飛んだはずだと思っている。

その肥後守はずっと持っていたが、鉛筆を削ったかどうか、削ったことはあったような気もするが、よく覚えていない。竹とんぼはその後、つくらなかった。
中学三年のときのこと、仲のよかった友達の一人に、他人が持っているものをよく欲しがるやつがいた。その友達に肥後守をくれといわれ、断りづらくて、ついやってしまった。
肥後守は、祖母の形見のようなものだった。その年の一月に祖母は亡くなっていた。
大人になってから、その肥後の守を友達に譲り渡したことを悔やんだ。
どうして、祖母が死んでから一年もたたないときに、そういうことをしてしまったのだろうか。
それを補うためではなく、ただの物好きゆえだが、結婚もし、仕事も落ち着いてから、肥後の守を四本ほど買った。京都の寺町や神田などの刃物屋で購入したのもあった。何に使用するでもなく、ただ買っただけだった。それらの製品に特別愛着が湧くこともなかった。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。