東 雑記帳 - 貴重な生物療法のヒルだが、気色悪いなあ

東 雑記帳 - 貴重な生物療法のヒルだが、気色悪いなあ

『ナショナル・ジオグラフィック』電子版(二〇一九年一月二九日)に、「二〇一八年一〇月一七日、カナダのトロント空港でヒルを密輸しようとして発覚して、逮捕された」という記事が掲載されていた。それによると、ヒルを持ち込もうとしたのはロシアから帰国したカナダ人で、数百個の容器に五千個匹もの生きたヒルが詰められていた。
あの、血を吸うヒルである。
医療用ヒルには数種類あり、大きいのは長さ十センチのものもあるようだ。そんなのを五千匹も持ち込もうとしたとは、想像するだけで気色悪い。見つけた空港検閲官はさぞ驚いただろう。
医療用ヒルは、一匹約一〇ドルで売れるという。

かつて欧州では、瀉血が最高の治療法だった時代が長く続いた。血を抜けば病気は治ると信じられ、ほとんどすべての病気において瀉血が行われた。
専用の器具を用い、リットル単位で血を抜いた。のちに英雄的治療をといわれたが、豪快に抜いた。そのため、瀉血による失血が原因で死に至るケースは後を絶たなかった。
ヒルは、その補助療法としても用いられた。人の皮膚の上にヒルを置くと、ヒルは皮膚に取り付き、元の四倍程度の大きさにふくれ上がるまで血を吸い続ける。

小学四年か五年の頃、湿地帯で何か生き物を探していたとき、気がつくと半ズボンの腿にヒルが三、四匹へばりついていた。反射的に手で払い落としたが、ヒルが付いていたところからドロンとした赤い血がたれていた。思い出すだけで、ああ気色が悪い。
古の欧州の人たちは、いくら当時の標準的な治療とはいえ、見ただけで気持ちの悪いヒルを
肌にのせ、血を吸わせて、よく平気でいられたと思う。
肛門や女性の陰部にヒルを吸い付かせることがあったというから、気色が悪いのを通り越してマゾ的な世界と言えなくもないだろう。

とはいえ、現代医学で瀉血の効用が完全に否定されたわけではない。一定の評価を得ており、一九九〇年頃から微小血管外科の分野で使われ始めた。
ヒルは、鬱血した部位の血を吸い出すだけでなく、抗凝血成分を分泌することで、損傷した組織への血行を促す働きがある。事故などで切断してしまった指の再接着後の鬱血に対して、通常の方法では困難な場合の吸入療法として登場した。わが国でも大学病院などで取り入れられている。
それにしても、生物をそのまま用いる治療法が他にあるのかどうか、過去に存在したかどうか。ヒルが特別な生物であることは間違いないだろう。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。