東 雑記帳 - 祖父が鏡面文字の達人になれた秘訣

東 雑記帳 - 祖父が鏡面文字の達人になれた秘訣

中学生の頃だったか、故郷の周防大島に住んでいる祖父が下関にあるわが家にきて、しばらく滞在していたときの話。
ある日の午後、祖父と二人でいるとき、祖父が左右の手にペンを持ち、紙に何か文字を
すらすらと書いて、
「どうや、ぼく」と見せてくれた。祖父は亡くなるまで孫を「ぼく」と呼んでいた。

それはともかく、紙を見ると、そこには通常の文字と、それを左右反転させた文字(鏡文字)が書かれてあった。右で書いたのが通常の文字で、左手で書いたのが鏡文字だった。
ウィキペディアで調べたら、
「鏡文字(かがみもじ)とは、上下はそのままで左右を反転させた文字である。鏡文字で文章を綴る際には文字の進行方向も言語本来の進行方向に対して左右逆になる」とあった。
祖父の鏡文字は見事な出来で、子供心に不思議だったが、大人になってその秘訣に思い当たった。

なんのことはない、祖父は左利きで、箸は左手で使うが、字は右手でかく。もとは左利きだったのを、字を書くのは右利きに躾けられたのだろうか。字を書く以外はもっぱら左を使っていた。
しかも達筆で、戦前は役人勤めのかたわら、自宅で習字教室を開いていた。
だから、通常の文字と鏡面文字を同時に書くことができたのだろうと気づいた。
祖父の器用さを目のあたりしてから、時々鉛筆や便を左右に持って真似をしてみたが、全然うまくできず、それ以上は無駄な努力はしなかった。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。