東 雑記帳 - 対岸門司を走る夜汽車の汽笛

東 雑記帳 - 対岸門司を走る夜汽車の汽笛

高校三年の頃、深夜まで受験勉強に励んでいた。鉱石ラジオのまがいもののようなラジオで百万人の英会話を聞くために周波数を合わせようと動かすと、わけがわからない言葉が耳に飛び込んでくる。北朝鮮の放送であった。韓国の放送もあった。このラジオにも○○ラジオという名前があったが、忘れてしまつた。雑誌の通販で買ったが、おもちゃのようで、イヤホンを通してでなければ聞けなかった。

午前一時、二時頃には腹が減ってくるが、すると、何時頃ラーメンを食べようかなあと思ったりする。明星チャルメラ、出前一丁などの袋入りラーメンが楽しみだった。余談であるが、どちらの銘柄だったか忘れたが、時々出来損ないの麵が混じっていることもあった。
勉強の手を休めてラーメンのことをぼんやりと考えていると、夜汽車の汽笛がボーと鳴るのが聞こえてきた。住まいは彦島の島先近い、関門海峡をはさんで向かいは門司港あたりで、対岸の北九州を走る夜汽車の汽笛だった。大阪方面へ上る特急か急行か、あるいは下りのそれなのか。
深夜、遠くで聞こえる蒸気機関車の汽笛には哀愁があった。

本州と九州の間にある関門海峡は、距離はわずか一キロあるかないか。九州はすぐ目の前で、十五分から二十分で泳いで渡れる距離である。その年だったか翌年だったか、潮目が変わる凪のそのわずかな時間を縫うようにして、中央大学の学生二人が泳いで渡ったことがあった。潮流はとても速いが、六時間に一回、流れが変わる。その間の短い時間、波が静止する、その間隙を縫って泳いで渡ったのだった。
しかし、なんて無謀なことをするんだと顰蹙を買い、二人の挑戦は新聞の三面(社会面)を賑わせた。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。