【遣らずの雨】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

【遣らずの雨】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

「遣る」は、「派遣」という言葉があるように、「そこへ人を行かせること、差し向けること、他方に送り出すこと」の意。「遣らず」はその否定形で、「行かせたくない」ということで、そこから「遣らずの雨(やらずのあめ)」という言葉が生まれた。
つまり、「訪問客が帰るのを引き止めるかのように降り出した雨」のことである。また、出かけようとするとき、折わるく降ってくる雨のこともいう。
だから、主人側が来客に対して、「遣らずの雨ですね」と相手に言えば、別れがたい、惜別を惜しむ気持ちがひそんでいる。そういう気持ちをさりげなく伝えることができる。なんと謙虚、慎ましく、遠回しの表現であろうか。

いにしえの人たちは典雅な表現をしたものであるが、時代が下がった現代にもこの言葉を使う機会はある。たとえば、意中の異性を自宅に招いたが、何も伝えられないまま時が過ぎていき、相手は帰ろうとする。なんとか引き留めたいとき、急に雨が降り出したら、この言葉の出番である。窓を見ながら、
「遣らずの雨ですね」と言うと、相手はこの言葉の意味を解せず、「はぁ、それなんですか」と聞くかもしれない。それに対し、
「あなたを返したくないと、雨があなたを引き留めてくれているんですよ」などと言えば相手もわかってくれるだろう。

同じようにデートのときにも、この言葉を使える。食事をしてのち、別れて帰ろうと店を出たところ、折からの驟雨。こういうシーンで、「遣らずの雨ですね。もうちょっと、寄っていきますか」と言うと、スマートに誘うことができるのではないだろうか。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。