【おいとまします】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉
友人や知人のお宅を訪ねて、さて帰ろうというとき、「すっかり長居しました。そろそろ帰ります」と言うのでは、平凡すぎるし、味気ない。色気がない。
この頃の大人は「そろそろ失礼します」と言う。お宅に上がるときも「失礼します」、帰るときも「失礼します」と使えるし、「失礼します」は使い勝手がよく、まことに便利なことばであるが、当たり前すぎて面白みに欠ける。なんだかなあ。
それでは、どう言えばよいかというと、「おいとまします(おいとまいたします)」がある。この場合の「いとま」は、「別れて去ること。また、そのあいさつ。辞去」。「おいとまする」は「いとまする」に接頭語の「お」を付けたものだが、たいてい「おいとまする」として使う。「帰る」の婉曲表現であり、謙譲語的に用いる。
語源については、語源大辞典(堀井以令知編。東京堂出版)には、「イトマ(暇)は、事物のあいだの空間、タエマ(絶え間)をいう。イトマのイトは、イトナム(営)のイトと同系で、多事の意か。それが人の離れ去る意に転じた」とある。
相手に対して、「それではこれでおいとまします」というように使うほかに、「そろそろおいとましょうか(おいとましようか)」と、相手に聞こえるようにつぶやいたり、連れに声をかけたりするという用い方もある。
このように言うと、相手に婉曲的に「いとま」を告げることになるし、連れに「いとま」を促すことにもなる。また、相手や連れの反応を見て、それによって腰を上げるかどうかを決めることもあるだろう。
「いとまを告げる」という言い方もあり、訪問先、滞在先を去って行くことを先方に伝える言葉であり、一人称で用いるものではないし、話言葉にも使わない。また、「おいとまを告げる」とはいわない。
「いとま」には「職務を離れること。辞職」の意味もあり、かつては「雇い主にいとまを願い出る」などの使い方をした。「一時的に休むこと」の意もあり、「三日ほどのおいとまを乞う」などの言い方をした。どちらの言い方も消滅して久しい。
「いとま」には「この世を去る」意もあり、「世間にいとまを告げる」「この世にいとまを告げる」「この世のいとまごい」などの言い方がある。
いよいよというそのとき、「そろそろおいとまします。お世話になりました。ありがとう」と言うと、格好良いが、そういう死に方ができるかどうか……。
文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。