【差し(さし)(で飲みましょう)】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

【差し(さし)(で飲みましょう)】- 現代に使いたい日本人の感情、情緒あふれる言葉

「差し」は、「二人で向かい合ってすること。さしむかい」の意味で、差すは「酒をすすめる」こと。「杯を差す「「差しで飲む」「差しで話す」「差しで勝負」などの言葉もある。
「差しで飲む」は、食卓やテーブルをはさんで向き合って飲むわけだが、「向き合って飲む」という言葉以上の意味を含む言葉である。

居酒屋や割烹などで、
「テーブル席にしますか、それともカウンター席にしますか」と聞かれて、連れの顔をちらと見て、
「差しで飲みましょうか」あるいは「差しといきましょうか」
というとテーブル席で、「一対一でじっくり飲もう」、あるいは「飲みながらゆっくり語り合おう」ということが言外に含まれている。なかなか、粋な表現に違いない。

「腹を割って」あるいは、「気兼ねなく」親しく飲むわけで、男同士がふさわしく、男女の場合には似つかわしくない。男女が「しっぽりと飲む」なら、横並びだろう。

男女の場合、男が女に向かって「差し」という言葉を使うわけにはいかない。冒頭で述べたが、「差しで勝負も」「差しで話す」も男臭ぷんぷんの言葉である。
ではどう言えばようかというと、「差し向かい」がある。テーブル席を選ぶとき、「差し向かいにしましょう」と誘えばよい。男同士でも「差し向かい」を用いることもあるが、「差しで」のほうが語感はキレがよいし、迫力もある。

「差し」は女性には似つかわしくない男言葉であるが、逆手にとつて、若い女性が男性に向かって「差しで飲みましょうか」と言うと、男性が驚くのは請け合い。
男性が女性に対して、「差し」を用いる場合、「差しにしましょうか」と、やさしい口調で、さりげなく言うとよいだろう。

ちなみに、男女がテーブルを挟んで座る場合、かつては一時期「お見合いで」とか「お見合い席で」などと言ったりしたものだが、聞いて恥ずかしい。たいてい、にやけた顔で言い、しまらない言い方で、しまらない男がこの言葉を使ったものである。

付け加えると、最近では、若い人のあいだに「サシ飲み」という言葉があるが、「二人で飲む」の意で使われているようである。時代とともに言葉の意味は変化するものであるが、本来の意味と用法が廃れなければよいのであるが……。

 

文:東/茂由 ライター
1949年、山口県生まれ。早稲田大学教育学部卒。現代医学から東洋医学まで幅広い知識と情報力で医療の諸相を追求し、医療・健康誌、ビジネス誌などで精力的に取材・執筆。心と体、ライフスタイルや環境を含めて、健康と生き方をトータルバランスで多面的に捉えるその視点に注目が集まる。